展覧会|現し(うつし)

 

 

展覧会情報

橋本雅也・六田知弘「現し(うつし)」

  • 会期|2026年4月18日(土)〜5月30日(土)
  • 会場|ロンドンギャラリー白金

    (東京都港区白金3-1-15 白金アートコンプレックス4階)
  • 開廊時間|11:00〜17:00
  • 休廊日|日曜日・月曜日

オープニングレセプション

 ・4月18日(土)16:00〜18:00


関連イベント

トークイベント

秋元雄史 × 六田知弘 × 橋本雅也

  • 日時|4月18日(土)14:00〜
  • 会場|ロンドンギャラリー白金
  • 定員|35名
  • 参加方法|完全予約制

交感としての「うつし」

——六田知弘 × 橋本雅也

秋元雄史(美術評論家)

本展は、彫刻家・橋本雅也と写真家・六田知弘による二人展であり、「うつし」という行為を通して、世界と人間の関係そのものを再考する試みである。

ここで言う「うつし」とは、対象の形態を一方向的に写し取る模写的行為ではない。それは、主体と客体、見る者と見られるものという近代的な二項対立を揺るがし、意識(私)の外部に広がる世界との相互的な関係生成として理解されるべき概念である。

橋本雅也の彫刻実践は、自然物に手を加えることで、それらが内包してきたものが表出する現象への関心から始まっている。木、動物の角や骨、鉱物、土といった多様な素材を扱いながら、常に表層ではなく、その奥行に潜む構造や時間性へと視線を向けてきた。彼にとって素材は、加工される受動的な対象ではなく、作家の介入によって潜在性を顕在化させる能動的な存在である。

鹿の角や骨、身近な草花をモチーフとした作品群においては、生と死、自然と人為、象徴と実体といった対立項が静かに交錯する。そこでは彫刻は固定された形態ではなく、生成と変容のプロセスとして提示される。形を与えるのではなく、すでにそこに在ったものを引き出す行為なのである。

一方、六田知弘の写真実践は、1980年代初頭にネパール・ヒマラヤのシェルパの村に身を置いた経験に始まる。自然とともに生きる人々との出会いは、「自然や宇宙との根源的なつながり」への志向を決定づけた。

六田の写真は対象の記録ではなく、光・時間・気配が交錯する「場」を定着させる装置として機能する。「地」「水」「火」「風」といったシリーズにおいて、被写体は具体性を保ちながらも、個別性を超え、世界そのものが立ち上がる瞬間へと開かれている。

また六田は、「祈り」と「時」を主題に、日本の仏像、ロマネスク美術、雲岡石窟、ボロブドゥールなど、宗教的・文化的遺産の撮影にも長年取り組んできた。そこでは信仰の対象は単なる美的鑑賞に還元されることなく、人間の祈りと時間の堆積が交錯する場として捉え直される。

ここで「うつし」を抽象化するならば、それは表象以前の世界との接触の形式である。主体が意味づける以前に起こる、感覚と物質、時間と身体の干渉の総体であり、視覚に限らず触覚や重力感覚、時間感覚を含んだ全身的な経験として立ち上がる。

両者の実践が示すのは、作品とは完結した意味を伝達する媒体ではなく、世界との関係が一時的に結晶化する場であるという認識である。写真や彫刻は自然を表すのではなく、自然がこちらに働きかけてくる出来事を受け止める器として存在する。

この態度は、人間中心的な視点を後退させ、人間もまた森羅万象の中で「うつされ続ける存在」であることを示唆する。作品の静けさは、自然への回帰を語るものではなく、世界とともに在ることの困難さと豊かさを問い返している。

写真と彫刻という異なる領域にありながら、二人の実践は視覚中心主義と人間中心主義を静かに解体し、世界とともに在るための感受性を回復させる。本展は、作品を見る場であると同時に、見ることそのものが問い直される場である。


作家略歴

六田知弘(むだ ともひろ)|写真家

1956年奈良県御所市生まれ。1980年早稲田大学教育学部卒業。1982年よりネパール・ヒマラヤのシェルパの村で生活し撮影を開始。以降、「自然や宇宙との根源的なつながり」を主題に作品を発表。祈りと時間をテーマに文化財撮影にも取り組む。

橋本雅也(はしもと まさや)|彫刻家

1978年岐阜県高山市生まれ。2000年、インドを旅した際、自然物に手を加えることで内在していたものが表出する現象に関心を持ち、制作を始める。以降、動物の角や骨、土や木といった多様な素材を扱いながら、通底する生命の奥行きに目を向け、形を引き出してきた。近年は主に木彫作品を発表している。